【書評】"エンジニアリング組織論への招待"は名著ではなかった

はじめに

エンジニアリング組織論への招待 ~ 不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング
を読みました。

全体として論理的にまとまっておらず、 著者とこの記事の方には悪いですが全然名著じゃないと感じました。

第1章で主旨はわかった

まず、本書の副題に

不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング
技術的負債、経営との不和 (中略) そのすべての正体は不確実性の扱い方の失敗にあった。

とあります。なるほど。

そして、第1章の始めと終わりに(途中色々ごちゃごちゃと書いてあるが)
「エンジニアリングでは不確実性を削減していくことが重要」
「不確実性には"未来への不安に対応する環境的不確実性"と"他人への不安に対応する通信不確実性"の2つがあり、どちらの不確実性も削減する必要がある」 といった旨が書かれて1章が締めくくられています。

2、3、4章がかなり期待はずれ

1章のまとめを読んでなるほどとなり、どう削減していくんだろうと読み進めると困ったのは第2章以降です。

第2章「メンタリングの技術」の冒頭では以下のように始まります。

メンタリングは、知識のある人がない人に対して、上から押し付けるような教育方法ではありません。 (中略)対象となる人自身の考え方を少しずつ変えることで、問題解決の力を育みます。

教育方法?対象となる人の問題解決?。何のことでしょう。
読み進めるとメンターとメンティ間の1対1のコミュニケーションにおける話がしたかったとわかりました。1対1コミュニケーションにおける心理学の引用がたくさん紹介されています。
組織の一部としての具体的な通信不確実性の話とその解決方法が展開されることを期待していましたが、「不確実性」という言葉には特に触れないまま第2章が終わります。

そして第3章「アジャイルなチームの原理」ではただただひたすらアジャイル開発に至る歴史(近代の思想史を交えて)とその手法を紹介してくれます。
既存のウォーターフォール型の何が不確実性を生み、アジャイル開発だと不確実性をどのように解決できるか、といった話が出てきません。

第4章「学習するチームと不確実性マネジメント」でついに不確実性という言葉が再登場し冒頭の部分で、「不確実性を開発計画に組み込んでマネジメントしていくことが重要」、「不確実性を可視化して管理しよう」と話が始まりました。
これはおそらく1章にあった「環境的不確実性」のことだと思いますが特に言及がない。まあひとまず良かった。
しかし、蓋を開けてみると、開発計画としての将来の不確実性は「CCPM」「多点見積もり」「相対見積もり」「(アジャイル開発での)チームベロシティ」といった手法とフレームワークを利用して可視化しましょう、とただ紹介しているだけで終わっており、本書としてのオリジナリティの見解が見受けられません。

最後の5章はまあ良かった

最後の5章「技術組織の力学とアーキテクチャ」この章が一番まともでためにはなりました。冒頭でも

「組織」という単位における「不確実性の削減」考えていきましょう。

と始まっており、この章では組織のあり方をベースに不確実性が話されるんだなとはじめて安心して読み出せました。

中身としても、
「組織体系がそのまま情報伝達不足やコミュニケーション不都合という不確実性を生み出す。」
「権限委譲のモデルを可視化することで不確実性となりえるポイントを見つけることができる。」
といった内容はなるほどと腑に落ちました。
また、後半の
「技術的負債(不確実性の1つだと思われる)を可視化すれば削減ができる」
「社内間、社外でのコミュニケーション(不確実性の1つだと思われる)も経営戦略によって効率的になる」
といった話も著者の主張が(若干ですが)伝わってきたので良かったです。

というかこの章でやたら不確実性という言葉を多用するようになり、今までの章は何だったんだという気持ちになりました。

さいごに

全体を通して、哲学、心理学、社会学ソフトウェア工学などの様々な権威や理論を引用してすごいことを言っている感を出そうとしているが、結局は実績のある手法やフレームワークを紹介しているだけの本、という印象。
そして本書には各引用に対する参考文献の索引が一切ありません!
どういうことでしょう。引用された内容の詳細を知りたいものが私には普通にありました。著者は大学院卒とのことですが引用を伴った著書には参考文献を載せることを学んでいるはず。出版社の技術評論社にも同様に物申したいです。